原点に帰って・・・
2009年 06月 06日
ブログも長い間つづけていると、思いがけない出来事があったりするわけで・・・父さん、純はまいってます・・・。 (北の国からバージョンになっています。) 冗談はこれくらいにして。
父さん、まんつ、元気でいでけでやぁ。
「よぐおでんしたなっす」 は よくいらっしゃいました 「お待ちしてあんした」 は お待ちしておりましたの意味です。
この数カ月、仕事もプライベートも眼まぐるしく、時間だけが足早に過ぎてゆく感じ、私にはちょっとオーバーワーク気味でした。 頑張っているのは気持だけで、思いが伝わらず、空回りすることもしばしば。心身ともに疲労困憊、SOS状態でした。 わがままな私は、誰かに不快な思いをさせたり、不本意な言葉を吐いたりしたかもしれないません。 このままではいけない、軌道修正が必要だと感じていました。
そこでちょっと大人の休息に・・・。 行先は? 私の原点、花巻です。
もったいぶっていたわけではないのですが、急だったので行く先も告げずに電車でGO!じゃなく新幹線でGOしちゃいました。 それは7月のイベントに向けて、材料調達の旅でもあったのです。
『手仕事の旅、北東北』のつもりで秋田、盛岡二泊三日の旅を決行。 残念ながらちょっとしたアクシデントがあり、目的はおじゃんに。
短い時間でしたが、充分命の洗濯ができました。 親不孝な娘ですが、こんな私の帰りをいつも喜んで迎えてくれる実家の家族。両親が生きているうちは できるだけ元気な顔を見に? いえ、元気な顔を見せに!ですよね。
田舎者の私、他に能がないのかもしれません。
昨日6月5日は芒種(ぼうしゅ)でした。 小満から15日後をいい、稲などの芒(ノギ)のある穀物の種をまく時期をそう呼んだのだとか。 里帰りから戻るのをを待っていたように、ご近所さんから梅の実が届きました。ありがたいです。今年も美味しい梅酒を作ることができそうです。 そういえば北鎌倉ではホタルも飛び始めました。 梅もホタルも去年のちょうど芒種の前後だったような気がします。生き物や植物の自然界では、季節に逆らうことなく営まれているのですね。
家の前の田んぼです。整然と並んだ苗のなんと美しいこと! 手植えから機械植えに変わったとはいえ、やはり農家の方の働く姿はどこまでも美しい。腰をかがめ、懸命に草を取り、田んぼに向ける真剣なまなざし。早朝から暗くなるまで一日中田んぼに立ちっぱなしの時もあります。そんな姿は 時に神々しくさえ思えてきます。
梅雨入りを前にして、夜には河鹿が鳴いています。 その鳴き声を聞くだけで心が落ち着くのはなぜでしょう。
手前にはツルウメモドキと野バラがうっそうとしています。
父と母が、娘が仕事に使うから、このまま残しておこうと言って、虫に食われないように手入れをしながら見守ってくれているツルウメモドキの群生です。 写真には見えにくいと思いますが、6月の今、白くて可憐な花をつけています。秋にはこれが朱赤の実をつけ、はじけて可愛い表情を見せてくれるのです。 伸び放題ですが、この蔓を使って 夏のリースを作ったらどうでしょう。 6月だからこそ はかないけれど緑の爽やかなリースができる気がします。
今回の旅は、実家を起点に、秋田、盛岡に出かけ、手仕事の街を散策するつもりでいました。昔ながらの籠や桶、織物や道具を探す旅です。盛岡の紺屋町、奥州水沢の南部鉄器、秋田の角館の桜細工など、日帰りで行けるところまで出かけてみるつもりでした。特に盛岡の紺屋町や大好きな光原社には 何度か足を運んだことがありますが、最近はご無沙汰続きだったので、ぜひ行ってみたかった場所です。 あそこに行けばきっと探しものに出会えるような気がしたのです。 でも予定は未定にして決定に非ず、ですね。
いま必要とされる自分がいます。父も母も いつも私のことを思っていてくれるのですから、傍にいられる時くらい、少しでも一緒にいてあげようと決めました。
父は今年83歳です。 里帰りのたびに 年老いて行く様子がはっきり分かるのは、若い頃には想像もつかないほどの 寂しさに繋がります。 もともと左手左足が不自由で、もう硬くなった足の指はゾウのようになり、スリッパも一人で履けません。車の乗り降りも一人では無理です。自分の体なのに思うように動かないことが、どれだけストレスになるか、想像しただけでも・・・ 私ならきっとイラつくでしょう。 でも父はいつも笑顔で、「 もさげねなあ、 ありがど ありがど。」と 娘の私にまで頭を下げて詫びるのです。
その父を検診に連れて行きました。 忙しくしている私の体のことを案じて、自分の検診を忘れていた父。
順番を待ちながら にこにこご近所さんに挨拶する父。
「娘さんが帰ってきてけで いがったなっす。」と言われ、嬉しそうです。
「 うだ。鎌倉がらきてけだのっす。 はなれでいるがら しんぺなんだべ。」
いざ検診がはじまり、一人で会場に入っていく父。「 おれ一人でだいじょうぶだがらな。おめは こごさいでいがら。」 でも一歩踏み出すのも、階段を上るのも 普通の人の3倍は時間がかかります。 洋服の脱ぎ着も一人ではうまくいきません。そばにいた保健婦さんが親切に手伝ってくれるのですが、その保健婦さんにも頭を下げてばかりの父。見ていて気がきじゃありません。 相当疲れているはず。
「 いやぁ、 いがったなあ。 おめがいでくれで たすかったじゃあ。 もさげねがったなぁ。」
検診車からニコニコしながらゆっくり出てくる父を見て、目がしらが熱くなって 顔をあげられませんでした。
もさげねのは 私なのっす。 ごめんや、父さん。
(つづく)
家のそばに咲いている紫色の花
野生のリンドウだろうか・・・。
*** 調べました!
カンパニュラ・グロメラータというリンドウに似た花でした。
鎌倉はすごい雨でしょう!!!
でも雨も太陽同様、命の源という感じがして、私は好きです。
お里帰りも「命の洗濯」になったのですね…良かった!
夏のリース、楽しみにしていますね!
お疲れ様。
チョットハードにいろいろこなしていたので疲れましたね・・・。
ゴムも引っ張りっぱなしじゃ・・・ゴムになりません。
緩めて初めてゴムの味が出ます。
リフレッシュ・・・・・です。
僕も同じ状態になります自分でそうしてしまいます。
私も、父を看ていた頃を思い出しました。
おいそがしいでしょう。
でも出来る範囲でみて差し上げてくださいね。
それはお父様のためであるのはもちろんですが、私の場合は自分のこれからの人生のためであったと後になってわかりました。
歳はとっても最期まで、いろいろな宝物を私の気持ちの中に残してくれました。
こんなお天気でも 北鎌倉は観光客がどっと押し寄せて、紫陽花見物の列がずっと道に連なって歩いて行きました。明日はお天気もよくなるようですから、もっと人出がありそうですね。
花巻はお天気で 緑も風もさわやかでした。 草花の元気も一緒に貰って帰ってきたので、リフレッシュの旅かなあ。 ゆったり空に浮かぶ雲のような毎日でした。 夏のリース、そろそろお尻に火がつかないとね。 (笑)
いただいたコメント、胸に沁みました。 両親が揃って元気でいてくれるだけで 私はいかに幸せか、里帰りするたびに実感します。
母は口うるさいほうですが、それくらいじゃないと 今までやってこれなかったと思っています。 おっとりした父と しっかり者の母、うまくできていますね。 いまは家族みんな健康であることに感謝です。
故郷は遠きにありて思うもの・・・ 帰るところがある私は 恵まれています。 一日でも長く 元気でいて欲しいと思っています。
鍵さんのお優しいお母様にも お元気でいて欲しいですね。
お忙しい中、コメントありがとうございました。 またお会いする日を楽しみにしております。
若い頃は頼りない弟でしたが、さすがに家族をもったことで、責任感と 冒頓としていますが 親を大事にしてくれています。 孫もいて、両親は賑やかな毎日を送れるだけでも幸せだと申しておりました。 家族でいることにはいろいろ大変なこともありますが、お互いが体を思いやり、気遣う関係を持てること自体、人間らしい生活につながるのだとも言っております。
口下手な父ですが、背中を流してやると、嬉しそうに頷いて満足してくれます。 流す背中があるのも 私にはしあわせだと思っています。
忙しさを口実に流される生活を送るのではなく、遠いふるさとで 娘を案じる両親を思い浮かべながら、私なりに頑張ろうと思います。
ゴムに例えたお話、おっしゃる通りだと思います。 頑張るだけではなく、ときにはゆるめないと ゴムは伸びっぱなしになってしまいますものね。
一人何役もこなしていたわけではないのですが、家族の協力に感謝して、体に問いかけながら ゆったりペースでまいります。 故郷に足を一歩踏み入れただけで 身も心もリフレッシュできました。 帰る場所があるっていいものですね。
この花、リンドウ咲きのカンパニュラなんですって。 まさにリンドウそのものという感じでした。 色も形も おっしゃる通り、夏草にまぎれながらも 凛とした雰囲気の花でした。 私? 花に例えていただけるなんて 光栄です。 甲斐被っていらっしゃいますが。
父も母も 我慢強い人間なんだと思います。 そして私もそれだけは似たかなあ・・・。 母のがんばりや 父のおおらかさ、これはになかったので、バタバタしてばかり、お恥ずかしいです。
父と一緒にいられる時間、できるだけ作っていきたいと思っています。
みじけがったども やっぱし いながは いいもんだなはん。
親孝行 ながながでぎねくて もさげねどおもってばっかりだぁ。 だども なんにもいらねがら げんきでいればいいのっす て おらほの 母さん よぐいってる。 子のしあわせが 親のしあわせなんだどっす。
マウイなはん まんつ おっきぐなってらったよ。 もは 5年生だがら おどなどおんなじだっけね。 マウイがかぞぐの 潤滑油みでだっけ。 いがったいがった。 どんどはれ。
どこの家も いろいろありますね。 ホームドラマのようなわけにはいかない場合もあると思います。 この私も 母の言葉が耳障りな時もありますから。 人一倍心配症の母なので、弟もうるさく思う時もあるようです。 みんな家族を思っての言葉なのだと わかっているのですが、元気で満たされている時と、疲れていて調子が悪い時では 受け取り方も違ってきますものね。 そばにいる弟や義妹はストレスもあると思います。
たまに遊びに行く私は いいところしか見ていないのかもしれません。 でも見えないところも含めて、老いてゆく両親は それだけで愛おしくなるのです。 昔話をしながら、苦労を苦労と思わなかったと言う母や 自分よりも子供の幸せを願う父のためなら いつでも走って駆け付けたいと思います。 残された時間はけして長くはないですから。
ちっともお恥ずかしいことなど 書かれていませんでしたよ。
私も長男とはとことん喧嘩もしますし、言いたいことを言っています。 次男はそんな私の性格をしっていますし、頑張るお袋の背中も見ていますから、思いやりも生まれたのかもしれません。 私だけではなく、友達やガールフレンドにも温かい言葉をかけているようです。きっと主人に似ているのでしょう。
一緒に生活していると お互いが甘えてしまい、わがままも言いたくなりますね。 家族って そうゆうものかもしれませんね。
お父様、お元気なのですね。 明治生まれは男も女も骨太の生き方を通された方が多いですね。 背筋がしゃんとしていて、自分をしっかり持っていらっしゃるのでしょう。 1日でも長くお元気でいて欲しいですね。
父も母も 体は華奢ですが、気持ちはしっかりしていて、私の方が励まされて帰ってきます。 くよくよせずに 生きることを楽しみながら毎日過ごしたいものです。
ご心配かけましたが、田舎のおいしい空気と母の手料理で、すっかり元気になりました。 今度お会いできる日を楽しみにしております。 6月はカサブランカです。
私も 毎日のように両親へ電話を入れていますが、やっぱり何かのたびに そばにいてあげられない事が申し訳なくて、申し訳なくて。。。
なんて親不孝な娘なんだろうと自己嫌悪に陥ったりします。
私達一家が病気をせず元気でいてくれる事が一番の親孝行だと慰めてくれる優しい両親です。
最後の言葉>
私達一家が病気をせず元気でいてくれる事が一番の親孝行だと慰めてくれる優しい両親です。
どこの親も おんなじですね。 私たちがしあわせならば 親も幸せに感じてくれるのでしょう。 遠くにいても 心は傍にいてあげたい、 何かあったら飛んで行くつもりでおります。 そのためにも 私自身が健康で幸せでいなければ、ですね。