花巻の父と息子  

 
 
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   母が54歳の時の写真です。このとき、息子たちが二人同時に肺炎にかかり、入院しておりましたが、無事退院。ところがその後次男が水疱瘡にかかったものですから、長男だけ花巻の実家であずかってもらうことに。 何も知らない長男は、喜んで母に連れられ里帰り。ひと月の間、私たちと離れて独り、田舎で暮らしました。

   ある日、母が外出し、父と二人きりになったのだそうです。虫の居所が悪かった父は、長男に八つ当たりをして大声で叱りました。すると息子は「おじいちゃん、日吉はどっち?」と、尋ねました。父は息子に「あっちだべ。日吉なんか とおいんだぞ。」そう言って、私たちの住む日吉の方角を指差したのだそうです。息子はその方向にむかって「ママ〜、ママ〜。」と泣きながら叫んだそうです。それまで淋しいとはひとことも言わず、息子は父や母と楽しそうにひと月も一緒に暮らしていたのです。それが一気に淋しさが募り、私のことを恋しく思って泣いたのかもしれません。

   その出来事を実家の父は、ことあるごとに思い出しては私に謝りました。あの時の大人げない行動、孫を叱った時の心の痛み、そして何よりもひとりで田舎で淋しさをこらえて我慢していただろうに、かわいそうなことをしたと、何度も何度も頭を下げました。日吉の方向に向かって母親の名を呼ぶ孫の声が脳裏にこびりついているのだそうです。以来、どんなに息子がやんちゃになろうとも、生きることに迷い心配をかけようとも、ひたすら孫を信じ応援し、一度たりとも孫を悪く言わない父です。日帰りで孫の顔を見に来て、抱きしめただけですぐに帰った日もありました。


   なぜか今日その話をふっと思い出して、私の名を呼んでいる息子の姿を想像してしまいました。麦わら帽子をかぶり、父の自転車の後ろに乗せられ、どこへでも付いて歩く子供だったのに、その子ももう25歳。自分の所帯をもったのです。急な話だったので、まだ私も実感がわきませんが、心のアルバムの一枚一枚をひもとくように いまゆっくり思い出しています。(4年前のブログ、ちょうど同じ6月30日でした)
  誰よりもお前を愛してくれた人を忘れないで、そう伝えてきた私。それが息子にとっての祖父であり、祖母であり、私たち家族だったのですが、これからは息子と苦楽をともにする最愛の伴侶ができたのですから、もう私たちから嫁さんにバトンタッチです。 
  近いうちに二人で、花巻に里帰りしてくれるといいます。 父も母も首を長くしてまっているでしょうから。

  
  猛暑が続き、年寄りには酷な毎日だと思います。老いてゆくだけで足腰も自由に動かなくなってきた私の両親。孫の結婚式に出るまでは頑張って長生きすると言っていた父ですから、式こそあげなかったものの、念願の孫の嫁さんと会えるのです。きっと喜ぶに違いありません。仕事の調整をつけて、二人そろって新幹線に乗る姿を想像することにして、父と母には体に気をつけて、一日も長く元気でいてくれるよう伝えます。 

  
   お祝いのメッセージを寄せて下さった皆様。本当にありがとうございました。ふつつかな息子が今日まで頑張って来れたのも、周囲のみなさまのお力添えがあってこそです。お世話になりっぱなしで恐縮ですが、今後も若い二人をどうぞ応援してやってください。よろしくお願いします。
by miki3998 | 2011-07-01 20:09 | 家族

風と海と丹沢が好き。山の家での毎日を綴っています。鎌倉FMのパーソナリティです。


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