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ごちになります!

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( わあ、でかっ! 写真サイズの変更したつもりだったのですが・・・レレレ~? )


  きょうは一日暖かかったでですね。桜は一気に咲き誇り、いよいよお花見日和といったところでしょうか?我が家のベランダから見える桜は、もう5分咲き、ところによったら7分咲きくらいかもしれませんね。週末のお天気もどうやらもちそうですし、皆さんきっと美味しいお花見弁当を持って、行楽地へとでかけるのでしょうね。

  あっという間に庭の雑草が生い茂り、バラの苗やパンジーに覆いかぶさってしまいました。少し草取りを・・・と思って手袋もはめずに、水まきの後にむしり始めたら止まらなくなって、あっという間にお昼になりました。そこへ・・・ピンポーン! クリーニング屋さんです。毎週月曜日と木曜日は御用聞きに来てくれるのです。(ちなみに八百屋さんは水曜日と金曜日です。 笑)
 
  「おくさん、これ・・・。カミサンが作ったマーマレード。よかったら~・・」と、遠慮がちに後ろ手に持っていた袋を差し出されました。そこにはこんな袋に入った瓶とパンが入っていたのです。
 この袋、ご存知ですか? 鎌倉にあるドイツパンとお菓子のお店『ベルグフェルド』です。
  「え~、マーマレードをうちにですか?いただけるの~? それも奥様の手作り? そしてパンまで~。ありがとうございます。マーマレード、いただきたかったの~。」 (やたら~マークが出て来ます)

  今日は一日いいことがあるに違いない!うん、きっとそうだわ。 朝から庭仕事もしたし、洗濯もよく乾いたし・・・キャッホー! いただきま~す。
  噛み応えのあるドイツパンは私の好物。クリームチーズをぬったり、サーモンをはさんだり、さっ、そくかぶりつきました。もちろんちょっとトーストして、いただいたマーマレードをたっぷりぬって、これまたガブリ! 甘さ控えめのさらっとしたマーマレードは、ヨーグルトと一緒にいただいてもすぐになくなってしまいそうです。やっぱり作りたての味は違いますね。美味しい!

  以前記事にしたことがありますが、クリーニング屋のヤマさんはとっても優しいおじさんです。顔はアンパンマンにでてくるジャムおじさんで、いつも腰が低くて、丁寧な仕事振り。季節ごとに鎌倉の美味しいものをさりげなく買って来てくれるのです。この前は江ノ島の釜揚げシラスでしたね。 ほんとうにいつもありがとうございます。ヤマさん、奥様、ごちそうさまでした~!
  
  きょうの最後に、あんまりいいこと尽くめだったので、ルンルン庭の後片付けをしていたら、ベランダのステップを踏み外してしまいました。痛い~~~! 左足首捻挫、 ガ~~ン!
  いいことづくめって、やっぱりあり得ない???トホホでございます。

  
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   携帯で撮った写真、ボケてます。本当はもっと美味しそうに撮りたかったのですが・・・すみません。
by miki3998 | 2007-03-29 21:12 | お気に入り | Trackback | Comments(66)

 桜の花の下に・・・ ラグビーと生徒を愛した恩師の死

 ラグビー部顧問宇田川茂夫先生が亡くなられた。2月の納会には体に点滴のチューブをつけたまま出席してくださった先生。まさしく命を削るようにして、生徒達の門出を祝ってくださった先生が、命尽きて天に召された。息子たちは卒業式の後、病室の先生にその報告に伺い、その後まだ半月もしていなかったと思う。62歳、まだまだグランドに立っていて欲しかった。早すぎる死だと思う。

 3月25日は春の嵐のように、朝から空はどんよりと曇り、時折風が吹きすさんだ。幸い夕方にはその風は静まり、しめやかにお通夜が執り行われた。先生の教え子を始め、全日本の選手として活躍されている現役ラガーマン、ラグビー関係者、各スクールのコーチ陣、全国から花園の常連校の名札が献花とともにずらりと並んでいる。お焼香の列が途切れることなく寺の外まで続いている。ラグビーを通じて、子供達の育成に心血を注いだ先生の功績がここに証明されたような人の波だった。

 先生は30年以上もラグビー部顧問として、生徒とともに花園を目指し、時に人生を語り、その小柄な体でグランドに立ち続けた。昨年の菅平合宿でも病気の体をおしていらした。あの体で生徒のタックルを受けるのはたいへんだったに違いない。それほど子供達が好きで、楕円のボールを愛した方だった。

 3月26日、昨日とはうって変わって、抜けるような青い空が広がる。まるで先生が「 いつまでもめそめそ悲しまないでくれ。」とでもおっしゃっているかのような空だ。お別れの時,お棺の中の先生はまた一回り小さくなられていて、安らかなお顔はカトレアの花で埋められた。出来ればまたお元気な姿で、楕円のボールを蹴って欲しかったが、これからはあの青空の下、桜が咲くたびに先生の言葉を思い出すのだろう。そしてまた生徒達がグランドでボールを追いかける季節が始まる。

 
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    春を呼ぶアネモネ 無造作にそして自由に草花は育つ まるで子供達のようだ
by miki3998 | 2007-03-27 21:36 | 今日のつぶやき | Trackback | Comments(28)

『 きょうの料理 50年』

 今『きょうの料理 50年』という特別番組を見ています。

   私が生まれた頃から始まっていたこの番組、確かに実家の母もテレビを見ながら帳面(ノートではなくて、笑)に作り方をメモしていましたっけ・・・。その頃、レシピなんていう言葉も使っていなかったと思います。時代を感じる献立や懐かしい料理家の方々が紹介されています。
 今は亡き土井勝先生大好きだった阿部なほ先生や帝国ホテルの料理長村上信夫先生もおでになっていました。そしていつも品のある優雅な雰囲気の飯田深雪先生も。記念すべき第一回の先生は94歳で今もご健在です。でも一回目はお料理はしないで、出来上がった料理の栄養指導だったとか・・・。ある意味「食育」の始まりでもあったのですね。

   ブログも料理ブログが人気なように、いつの世も人々の関心は食にあり、ということでしょうか。 きょうの料理で人気の100レシピを紹介しながら、過去の映像と当時の様子が映されると、子供の頃の我が家の食卓を思い出しました。 母が見たままを真似て作ってくれた餃子、皮から作ったのです。その先生である王さんは、ピアノの勉強が目的で留学したはずが、NHKの依頼でお料理を指導されるようになったのだそうです。そこにでもあるお安い材料で中国の家庭料理を分かりやすく丁寧にご指導されていました。ピアノを学ぶ留学生がお茶の間で人気の料理家に・・・面白いエピソードですよね。

   この番組を見て育った一般の方も紹介されていました。当時16歳だった女性です。お母様が病気でその看護も兼ねてお料理を覚えていったその方の料理は「ぼこ玉」。かに玉の蟹の代わりにかまぼこを使ったものでした。慣れない家事や料理で泣きながら作り方を料理日記に書き込み、家族のために懸命に作られた思い出を語っておられました。その料理をとおして家族の団欒があったとも・・・。学校に通いながら母に代わって家族の食事の用意をする女学生、『きょうの料理』の視聴者にはこんな方もいらしたのですね。

  団欒、忘れていた言葉かもしれません。最近では家族がバラバラに食事を摂ることのほうが多くなりました。食事ってただ食べるだけが目的ではないし、栄養だけにこだわるのも長続きしない。高い食材でこだわりだけを競うものでもない。そこには家族の健康を願い、語らいのある食卓があり、笑顔で美味しいといってもらうことへの生きがいがあります。だから新鮮で安全な食材を選び、味への工夫があり、やりくりに頭を使う母の姿があるのでしょう。そんな食卓が団欒なのだと思います。きょうの料理の根底は家庭料理です。プロの味はお店に任せて、台所から生まれる『きょうの料理』こそ、明日の我が家の食卓に並べられる温かい一皿でありたいと思います。

  東京は昨日桜の開花宣言が出ました。今週末にはお花見の人で、鎌倉の野山も桜を愛でるたくさんの人で賑わうことでしょう。豪華なお花見お弁当でなくても、そこに季節感のある食材が少しと家族の好物が少し、そして我が家は何より白いご飯が大好き家族なので、大きなおにぎりでも握ってハイキングにでも出かけたいと思います。鎌倉のお花見を楽しみにしているあの方達のために、一足先に桜の観察に出かけてきますね。 笑

  
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   料理の写真がこれしかないので・・・。お正月に風邪を引いたときに食べた金柑の甘露煮です。 庭に生った金柑で母が毎年作ってくれるもの。のどの痛みを和らげます。 隣の紅白のお餅は、姪っ子が元朝参りのご褒美で神社からいただいてきたもの。私へのお土産と言って、大事そうにポケットから出してくれました。 パソコンが直るまで、思うような写真が取り込めません。すみません。

  

  お詫び :  飯田先生はご健在で、お亡くなりになったのは倫子お嬢さんでした。関係者の皆様、誠に申し訳ありませんでした。 
by miki3998 | 2007-03-21 11:59 | 今日のつぶやき | Trackback(1) | Comments(64)

思いを形に・・・・素敵なプレゼント

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        < イタリアンルスカスとヴィオラ を束ねて >
  枝には新芽が息吹、土の下からほっこりと草花の蕾が顔をのぞかせる季節、新しい世界へ旅立つあの人に、こんな贈物はいかがでしょう?
  贈物って自分がもらったら嬉しいもの、差し上げた方の笑顔を想像しながら選ぶ楽しみがありますね。そこからもう思いが込められていて、選んだ品物を包みながら思い出し笑いなんか浮かべちゃって・・・。その贈物に特別な意味が込められているとしたら、その思いも相手に伝わって欲しい・・・。そんなプレゼントをご紹介します。

 
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        < オリーブの枝   ヴィオラとレースラベンダーの葉 >
  ね、楽しくなるような花入れでしょ。これはスェードのような布で出来ていて、中にお水も入れられます。真っ白なポットとでもいうのでしょうか、小さいけれど洒落たデザインで、中の草花がさりげなく生かされます。一枚目の写真のようにラッピングされていますが、こんな風に庭の草花を入れて、そのまま贈物として手渡しするのも素敵ですね。 小さなバケツに今摘んできたばかりの野草をあなたに・・・。それとも芽がでたばかりの小さな苗を土ごと入れて、あなたの庭でも育ててあげてね・・・そんなメッセージを添えて差し上げるのもいいかもしれません。

  このポットは原宿の素敵な雑貨のお店リアルプロデュースのクラウディアさんからいただいたもの。お気に入りの花入れとして、先日の一輪挿し同様、我が家のリビングでちょこんと座って草花を飾ってくれています。でも飾るだけが目的ではないのです。このポットにはもうひとつの役目があって、その思いに賛同して、こちらでご紹介することにしました。
 
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  クラウディアさんのホームページ 『style-hug.com 』 で紹介されている活動の抜粋です。

   『give me a hug!! project 』と題して、ポール コールマン氏を紹介。彼は地球環境という見地にから自然保護を訴え、自転車と徒歩による植林活動を行なっているアースウォーカーである。このポットの収益は彼の活動資金に当てられる。大切にしたいもの、抱きしめたいものを守るため、われわれもその活動をサポートしてゆきたい・・・。

  もし私達一人一人に心のゆとりがあるとしたら、それは自分達の力だけではなく、周囲に存在する緑であり、川であり山や空からいただいている力だと思うのです。その自然が少しでも守られるための助けを必要としているなら、こんな小さなポットを送るという行為から、まずは一歩踏み出してみませんか。

  詳細はきままなクラウディア  さんのブログへクリックお願いします。
 
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    < イエローピクチャアという名のチューリップ >
by miki3998 | 2007-03-19 10:57 | お気に入り | Trackback(5) | Comments(48)

 季節を味わっていますか・・・

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北国生まれの私は、子供の頃春が待ち遠しい生活をしていました。 雪が深い北上盆地の真ん中にある花巻は、ふきっさらしの風が冷たく、通学の際は顔を下に向けて、一歩一歩雪道を踏みしめて歩く毎日でした。そんな冬の終わりを告げるのは、小川のせせらぎの音であり、ネコヤナギの芽が膨らむことであり、雪ノ下からそっとその新芽をのぞかせたバッケ(ふきのとう)の薄黄緑の色でした。春はその温かい日差しだけではなくて、バッケの黄緑色そのものだったのです。

  都会に住んでいると、花屋さんには一年中バラがありガーベラがあり百合も見かけることが出来ます。部屋の中も寒いなんて感じることなく快適な生活を送ることが出来ます。でも春が来たことへの感動は、田舎で過ごした厳しい冬がない分、その大きさも半減していて、いつの間にかまるで花が咲くことさへも当たり前のような日常になってしまいました。そんな驕りの気持ちで過ごしていたのです。

  北鎌倉は緑が多く、すぐ裏には鎌倉の山々が控え、ベランダからも遠く丹沢連峰の山並みを仰ぐことが出来ます。ありのままの自然と一緒に生活できること、今はその幸せをかみ締めながら生活しています。空の色、鳥のさえすり、草花の息吹を毎日確かめながら生きてゆけます。私が出来ることは、その感謝の気持ちを草花に込めて飾ること、それがここに住むことの意味でもあると思っています。

  この花はツル桔梗です。今年はいつもよりも早く花が咲いています。器はナラの木をくりぬいたもの。筑波で雑貨のお店を経営するアズミさんのところから送っていただいたものです。木目の素朴な感じと日本の野草がとても良く合いますね。

  次回はもうひとつ、今一番のお気に入りの器をご紹介します。実は画面の後方にちょっぴり顔を出しているのですが・・・。 笑

  
by miki3998 | 2007-03-15 20:55 | | Trackback(1) | Comments(66)

がんばりたまえ  中村君

  歌舞伎が好きで、年に3~4回は銀座まで出かけます。実家の母もご贔屓があって、鎌倉に遊びに来るのは歌舞伎見物が目的の時もあります。母は吉衛門や仁左衛門がお目当て、私は役者としてもおもしろい勘三郎のファンです。歌舞伎を見に行く時のワクワク感と、着物を着て幕の内弁当をいただきながら、桟敷席からお客様を観察するのも、実は楽しみの一つにもなっています。特に名だたる役者さんの襲名披露公演では、お芝居はもちろん見ごたえがあるのですが、最前列に並ぶ神楽坂あたりの芸者さんが、黒紋付で勢ぞろい。滅多にお目にかかれない艶やかな姿の綺麗な芸者衆は、これぞ歌舞伎見物といった感じで目の保養にもなります。やはり歌舞伎見物はおしゃれして行かなくちゃ、ですよね。

 昨夜はその歌舞伎役者中村勘三郎襲名公演までの2年間を追った番組でした。
 勘三郎は勘九郎として活躍していた子役時代から好きでした。父の先代勘三郎の歌舞伎役者としての芸はもちろん、生き方もどこかダイナミックで粋で気さくな役者さんでした。勘三郎はそんな先代の生き方をを見事に受け継いでいると思います。決まりごとや格式がありそうで、とっつきにくいと思われがちな歌舞伎を、単に年長者のファンだけの特別なものにしたくないという願いから、彼なりの独自の襲名公演を企画し、全国にある昔からの芝居小屋を使っての公演の様子が紹介された番組でした。

 なかでも、中村屋の発祥の地である名古屋市中村区の高校の体育館での公演は、圧巻でした。若者に受け入れられるような芝居を工夫し、毛嫌いしていた高校生たちに、「 めっちゃ面白い!」 「 また見たい!」とまで言わしめた、素晴らしい演出と演技だったのです。そのボランティアの一人が公演まえにアンケートにふざけて書いた一言が
 「 がんばりたまえ 中村君 」
だったのです。 勘三郎はこの子に会いたいと思い、歌舞伎に対して理解しえるような題目を選び、口上の場面からその工夫を凝らして演技しました。もちろん、何も分からずこの一言を書いた男子高校生も、芝居が終わった後、感慨深げに楽屋を訪問します。そして丁寧に頭を下げて勘三郎に「 面白かったです、 ありがとうございました。」 と言って握手を求めたのでした。

 とかく大人は物事をもったいぶったり、難しく表現することで、自分の力を誇示しようとする事があります。でも本来の実力のある者は、 分かりやすく表現したり、時にはへりくだったり、より容易な形を使って相手に理解してもらえるように努力するものではないでしょうか。 力あるものほど、どんな相手にも分け隔てなく謙虚に応ずること、そこに本来の人間性や魅力が見えてくるような気がします。b0083902_14131181.jpg 
        

庭に咲いたエリカの花
by miki3998 | 2007-03-10 00:11 | お気に入り | Trackback | Comments(70)

旅立ちの日

  3月3日 息子は高校の卒業式を迎えました。 息子の通う付属校のその日は、一部と二部に分かれていて、一部のそれは各クラスのパフォーマンスや有志によるバンド演奏など、生徒達の自主的な企画発表の時間です。卒業証書授与式はその後の二部に行なわれるのです。
  息子たちはいつの間に練習したのか、メンバーの中の一人が作詞作曲したバラードをその一部のトップバッターとして登場し、堂々と歌いあげました。壇上にギターを持って現れると「 Kちゃん! 頑張れ~」と言う掛け声をもらい、照れながら丁寧に歌い始めました。息子の違った一面を見たような気がして、ラグビーや勉強だけでなく、たくさんの友達に囲まれて、充実した高校生活を送っていたこと、何よりも尊い時間を持つことが出来たのだということを改めて知りました。ひとまわりり大きくなってこの日を迎えた子供達が眩しい姿に見えたのは、きっと私だけではなかったことでしょう。

  3月4日 午後2時頃、携帯が鳴って、そこに弟の名前を見たとき、ピンと来ました。 ああ、逝ってしまったのだなあと。

  皆様からたくさんの励ましやお優しいお言葉をいただき、本当にありがとうございました。
  私が実家にもどりますと、白内障でもう目は見えないのですが、声のするほうへ頭を向けようとするエルがおりました。口の中に出来た癌のため、食事はもとより水も飲めない状態で、もう体は元気な頃の半分以下、抱き上げると手のひらに背骨があたり、あまりの軽さに言葉を失うほどでした。一時は意識も混濁し、手足も動かずグッタリしたエルでしたが、点滴や造血剤など、いつもお世話になっている獣医さんの処置で、私達家族が声をかけると体を動かそうとするまでに回復したかに見えました。私は卒業式の準備があり、鎌倉に戻りましたが、最後に見たエルの小さくなったその姿が目に焼きついて、もう時間の問題なのだと覚悟を決めておりました。弟の話では、今朝出勤するときに、小さくク~ンと鳴いて頭を上げようとしていたと言うのです。最後の挨拶だったのでしょうか・・・。

  「 おめもかえってきてけだし おれだじもさいごまでいっしょだったし エルはいがったんだぁ   もはこごまでがんばったんだがらよぉ。 じゅうぶんだったぁ。 しかだねどおもうしかねぇ。
   ありがど、ありがど。」

 そう言って、父は鎌倉に帰る私を見送ってくれました。そしてその3日後、エルは自宅で静かに逝ってしまいました。

  新しい朝を迎える次男、希望を胸に4月からは大学生活が待っています。
  仕事に悩み家族のもとに帰ってくる長男。彼は弱音を吐けずに明るく振舞います。
  亡くなった家族の悲しみと、今傍にいる家族の思いを受けとめて、静かに見守るしかない母親、力不足の何もできない愚かな母親です。

  でもそれぞれの元に必ず新しい朝はやってくるのです。土砂降りの雨も、きっとあがる日は来ます。エルの死は、命あるものの宿命で、必ずやってくるその日を迎えただけ。だからこそ、生きているものはその命の重さを改めて自覚し、精一杯生きることを学ぶのだと思います。
 
 偶然ですが、今日ふとつけたテレビで「 私の『 千の風になって』 」という番組を見ました。
 息子を失った父親、夫を亡くした妻、それぞれの人たちの胸に染み入る歌としての『千の風になって』が紹介された番組でした。 その歌の2番の詩が気になりました。

  『朝は鳥になってあなたを目覚めさせ、夜は星になってあなたを見守る・・・』そんな詩だったと思います。
  失った命は蘇らずとも、その魂は時に鳥になり、星となってそばにいる。春の日差しと暖かい春風は、それぞれの人の大切な命が形を変えて、いつも傍で舞う風となって見守っていてくれるのかもしれません。もちろん私達のエルも。今夜は父や母の枕元で、そっといっしょに眠ってくれていると信じましょう。  
 
 いつも拙い私のブログに、心温まるコメントを下さる皆様、本当にありがとうございます。ここに心からの感謝とともに、お礼の言葉とさせていただきます。そしてあらためてこれからも宜しくお願いいたします。

  私ですか? もちろん元気です!

  

 
by miki3998 | 2007-03-04 19:05 | 家族 | Trackback | Comments(79)

風と海と丹沢が好き。山の家での毎日を綴っています。鎌倉FMのパーソナリティです。


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