桜の花の下に・・・ ラグビーと生徒を愛した恩師の死
2007年 03月 27日
3月25日は春の嵐のように、朝から空はどんよりと曇り、時折風が吹きすさんだ。幸い夕方にはその風は静まり、しめやかにお通夜が執り行われた。先生の教え子を始め、全日本の選手として活躍されている現役ラガーマン、ラグビー関係者、各スクールのコーチ陣、全国から花園の常連校の名札が献花とともにずらりと並んでいる。お焼香の列が途切れることなく寺の外まで続いている。ラグビーを通じて、子供達の育成に心血を注いだ先生の功績がここに証明されたような人の波だった。
先生は30年以上もラグビー部顧問として、生徒とともに花園を目指し、時に人生を語り、その小柄な体でグランドに立ち続けた。昨年の菅平合宿でも病気の体をおしていらした。あの体で生徒のタックルを受けるのはたいへんだったに違いない。それほど子供達が好きで、楕円のボールを愛した方だった。
3月26日、昨日とはうって変わって、抜けるような青い空が広がる。まるで先生が「 いつまでもめそめそ悲しまないでくれ。」とでもおっしゃっているかのような空だ。お別れの時,お棺の中の先生はまた一回り小さくなられていて、安らかなお顔はカトレアの花で埋められた。出来ればまたお元気な姿で、楕円のボールを蹴って欲しかったが、これからはあの青空の下、桜が咲くたびに先生の言葉を思い出すのだろう。そしてまた生徒達がグランドでボールを追いかける季節が始まる。

春を呼ぶアネモネ 無造作にそして自由に草花は育つ まるで子供達のようだ
皆さん、どんなに悲しんでおられることか…とお察しします。
2月の納会で、息子さんたちを見送られ、先生はきっとお幸せだったと思います。
ご冥福をお祈りいたします…
休日もラグビー残舞で、ご家族にはお寂しい思いをさせたことでしょう。でもお別れの日に集まった教え子や先生を慕われた大勢の方々の数をご覧になり、奥様をはじめご子息は皆、改めてお父様の偉大な功績を実感なさり、満足されたと思います。
亡くなる半月前に息子達が病室を訪れましたが、帰るときに先生は「もう帰るのか・・・」とおっしゃったそうです。最後まで子供達に囲まれることを望まれていたのですね。
お通夜には伊藤剛臣選手もいらしておりました。そのほかにも、現役の選手がたくさん、大学に進んだ教え子ももちろん、目を真っ赤にしてごしょうこうしていらっしゃいました。息子達は先生の最後の教え子になってしまいましたが、汗と涙にまみれた練習は先生と一緒でしたし、納会でも一人一人先生からのお言葉をいただきました。幸せだったと思います。
そうですね、こんな素晴らしい恩師との出会いが、息子達の一生の宝物となるのでしょう。若いうちは分からないかもしれませんが、ラグビーとはそうゆうものです。楕円だからこそ掴みにくい。たやすいものを追うよりも、困難な目標を手にしたときの喜びを味わって欲しいです。
存じ上げない方ですが、宇田川茂夫先生のご冥福をお祈り申し上げます。
宇田川先生は2月6日の記事『ノーサイドの笛』でお写真を載せています。息子達一人一人に手書きの色紙を書いてくださり、それを渡すために病院を抜けてきてくださいました。体にチューブがついた状態で、立っているのもたいへんなご様子でした。
先生の専門はバレーボールでしたが、30年以上も前からラグビー部の顧問として活動されていらしたのです。全国のラグビー監督からもお悔やみ電報が届いておりましたから、その手腕は確かなものでした。
コメントをありがとうございました。
納会のお姿を拝見して、相当お悪いのだと拝察しておりました。
あそこまで強いチームを作られた先生は、
元々はラガーマンではなかったのですよね。
経験のないスポーツを、自ら学びつつ、生徒を育てられたとは。
まさに命がけで、すばらしいものを遺して旅立たれましたね。
ご冥福をお祈りいたします。
久しぶりにお話をする内容がこんなことになるなんて、本当に残念です。
先生はラグビーの専門ではなくて、どなたも顧問の先生がいないラグビーを担当されてたいへんだったと思います。体も大きくないし、声も小さい、でも生徒を思う気持ちは誰よりも大きかったと思います。強豪校が多い神奈川で、法政をここまでの学校にしたのは先生のお力が大で、葬儀にいらした方々もそうそうたるメンバーでした。
卒業式にもおでになれなかったので、息子達はその報告に病室を訪ねましたが、本当に喜んでくださって、最後まで子供達を思いながら逝ってしまいました。
ご冥福をお祈りいたします。
ご病気が重くなってから、日に日に体が小さくなるのを目の当たりにしておりましたが、こんなに早く逝かれるとは思ってもおりませんでした。息子達が最後の教え子となりましたが、それを誇りとし、ラガーマンとしての教えを胸に生きていって欲しいと思います。
ご子息様、おつらいでしょうね。。。
素晴らしい、人生の師との出会いと別れは、さらに優しいこころを大きくして下さることでしょう。。。
宇田川茂夫先生のご冥福を、こころよりお祈り申し上げます
先生は息子のために中学までいらしてくださって、推薦入学を決めてくださった方です。ラグビーがなければあの高校にも進んでいませんでした。そしてキャプテンとしての息子をいろいろとご指導してくださいました。
後輩達は顧問亡き後も伝統を守り、また精神的にも強くなって花園を目指してくれると思います。
息子達はもうある程度覚悟をしていましたから、先生の死を静かに迎えられたと思います。先生の思いはしっかり受け止めていると思います。
鎌倉はそろそろ桜が3分咲きです。何かあったらいつでもいらっしゃいね。 あなたの心にも春が来ることを祈っていますよ。
桜の季節はお別れと出会いの季節。先生の意志はそのまま継いで、息子達はまた新しい生活の中で出会いと別れを繰り返してゆくのだと思います。
こちらこそ面倒なお願いをしてしまって、申し訳ありません。
お天気がちょっと心配。雨女いませんよね??? 笑
素晴らしい恩師にめぐり合った生徒さんたちの心に一生残る思い出と教えを伝えられた先生の死は哀しくつらいことですがきっとしっかり受け止めてそれぞれの道を歩んでいかれることでしょう。
ご立派な功績もご立派なお人柄があってこそ。
心からご冥福を祈らせていただきます。
今年の桜は先生には間に合わなかったのでしょうか。
毎年桜は咲きますが・・・なぜかやはり桜は一期一会という気がいたします。
今をもっと大切に桜を愛でたいと思います。
そうですね、桜は一期一会・・・確かにそうかもしれませんね。満開の艶やかさと、散り際のはかなさは同じ樹とは思えないほどの変化をもたらします。そのどんな表情も桜であり、そのときの一瞬を大切にしてこそ桜ならではの美しさなを愛でることになるのでしょう。
小さな苗木が大きくなるように、息子達は先生の教えを光と仰ぎ、太くて強い大樹となって欲しいものです。
お通夜は春の嵐のようなアノ土曜日でした。でも翌日は青空が広がって、まるでもうめそめそするな、俺はいつでもこの空から見守っている・・・と先生がおっしゃってくださっているかのようでした。思うときにいつもそこにいてくださるのだと思います。
はい、それでは早速拝見に伺いますね。リンクありがとうございました。
おいそがしいのに面倒なお願いをいたしました。もさげねなっす。
本当に、ほんとうになんでもいいのよ~。 気を使わず、お金を遣って・・・あれ? すんまへん。 冗談です! あなたの笑顔が一品です。なんちゃって。 それより、 人数の確認しなくては・・・!?

