地震の朝
2008年 06月 15日
心からお祈りいたします。
また怪我をされた方のご回復と、行方不明になられた方の一刻も早い救助を
切に願うばかりです。
メールやブログで 私の実家花巻の家族の安否をお気遣いいただいた皆様、
本当にありがとうございました。
両親も弟夫婦もみな無事でした。
若い者たちが仕事に出た後の大地震。
電話も通じず、年寄りだけで過ごした数時間は、
きっと想像以上に不安だったとおもいます。
正直声を聞くまでは気が気ではありませんでしたが、
夕方やっと父や母の元気な声を聞くことができました。
余震はまだ続いているのですから、
まだ手放しで喜ぶわけにはいきません。
どうか早く落ち着いてくれますように。
今私にできること
今私がすべきこと
今夜は眠れそうもありません。
自然に対して人間はもっと謙虚にならないといけないような気がします。アキバの事件を見て無関係じゃないと思うのですが・・。
この自身のニュースを聞いて Mikiさんの田舎も確か。。。って気になっていました。
実はこちら、Renoでも最大がM3くらいの小さい揺ればかりではありましたが 1週間の間に8回も地震ががあって、人身への被害はなかったようですが、さすがに 緊急用具などの準備をしないと。。。などと思っているところです。
本当なら 地震がないのが一番ですが、自然災害ほど予測できなくて怖いものはないですからね。
皆様、ご無事でなによりでしたね。。。
お見舞い申し上げます。
電話は本当につながりにくく、藤沢町の知り合いにも夕方ようやく連絡がとれて、無事を確認、娘は大学時代の親友二人が仙台にいて、一人とは夜にメールで連絡がとれましたが、一番の親友とは連絡がとれないまま・・・(無事だと思うのですけれど)
こんな大きな地震が起きるなんて、本当に驚きですが、東京も何時起こってもおかしくない、ということを改めて認識しました。
ご両親、そして弟さん御一家、これからが大変でしょうけれど、どうぞお大事になさってくださいませ・・・
mikiさんもですよ!!!
場所が場所だけに消息がつかめるまで大変気をもまれたことでしょう。
お見舞いもうしあげます。
人身の被害も少ないようですが規模が阪神大地震なみなので驚いています。
でも、皆様ご無事でなによりでした。
mikiさんのお電話でご両親様もホットなされたことと思います。
平和な日常があっという間に暗転する、恐ろしいことですね。
お悔やみ申し上げます。
ご郷里の皆様、ご無事でようございました。
長女の亭主は宮城出身ですが、こちらも無事でした。
土日出勤でしたが、E区も随分揺れました。
寝不足だったから眩暈かと思ったら地震でした。
まだまだ無くなった方、人数が増えてます。
ご冥福を祈るものであります。
被害の状況も、だんだんに広がっているようで、案じています。。
mikiさんも遠く離れた場所で、気をもまれたことと思います。
ご実家の皆様がご無事とのこと、本当によかったです。。
行方不明になった方々の一刻も早い救出を願っています。。
まだまだ、余震が続いているようなので、皆さん 安全に気をつけて
過ごしていただきたいと思います。
mikiさん、わたしにお手伝いできることがあれば、教えてくださいね。
どこで起こっても不思議ではない地震、本当に怖いですね。
岩手出身の友人の実家も無事で喜んでいました。
しばらく落ち着かない毎日ですが、お大事にね。
選挙活動として、北鎌倉、材木座、由比ガ浜、大船、鶴岡八幡宮など 軽自動車でぐるぐる回りました。
僭越ながら、とても親近感がわいています。またブログ拝見させて頂きますね。 本当に失礼ながら、私のブログ、もしよろしければ覗いて頂ければ幸いです。 http://tekitohaik.exblog.jp
突然のコメント失礼致しました
PARISは地震なんて無いので、しばらく忘れていました。
しばらくは安心できないと思いますが、お大事に。
私も八森に行くため準備をしていたらとつぜんグラグラきました。
不気味な揺れは結構長く続きました。
TVで岩手、宮城の方の被害を知り、花巻のご両親を心配しているmikiさんのことを思いました。
電話もしばらく通じなくて私も親戚がいてやきもきしました。
ご両親にとっては娘さんからの電話どんなに心強かったことでしょう。
しばらくはどうぞ気をつけてください。
でも続く余震に不安でいらっしゃるでしょう。
mikiさんの電話が、きっとご両親を心丈夫にすると思います。
出来るだけお声を届けて差し上げてください。
mikiさん、眠れなくても寝てくださいネ。
これでmikiさんがダウンしたら大変だもの!
これからもみなさんが、無事故で、安全あることを祈っています。
鎌倉時代に起きた「天変地妖」が、再び起きたのでしょうか?
世の平安を祈ります。
mikiさん、元気でね~♪
ご心配をおかけしてすみません。
実家の両親、弟夫婦ともに怪我もなく無事でした。
まだ余震が続いているようで、その恐怖感は想像以上に膨らんでいるようですが、家族で協力して乗り越えると思います。
こんなとき、そばにいてあげられないことが悔しいのですが、弟は普段便りなくても このときはさすがに長男、親思いは私以上なので大丈夫だと思います。 娘としてはひたすら元気づける電話をすることぐらいでしょうか。
ブログのお仲間に支えられて 私が一番元気をいただいております。
ほんとうにありがとうございます。
はい、花巻も結構揺れが大きかったようです。 実家は平地にありますから家が崩れることははりませんでしたが、 地盤が軟らかい土地の人や山沿いの家屋は傾いたりしたようです。 怪我もなく無事でいてくれてほっとしております。
秋葉原の事件、目を疑うような惨状でしたね。 東北出身で青森の三浦雄一郎さんの偉業を称えたばかりなのに 同じ青森生まれの容疑者がどのような経緯で あのような人間になってしまったのでしょう。 自然に対して謙虚でいられたら・・・そうですね、 重い問題ですが、真剣に考えなければならないと思います。
遠い国にこされてからも この私の故郷の家族の安否を心配していただき、本当にありがたいと思っております。 父も母も元気でおります。
何分高齢なので、気が弱くなってはおりますが、まだまだ孫たちのために頑張ると申しております。
いつの時も 我々は自然の中の小さな存在であることを忘れてはいけないのだと痛感しております。
お見舞いのお言葉、心から感謝いたします。
お知り合いはご無事だったのですね。 それはようございました。
中学生の時、十勝沖地震を経験しました。 校庭に避難したとき、地面が大きく動いたと同時に、校舎がゆらゆらと歪んだことを記憶しております。 自然の驚異の前では 人間の存在などちっぽけですね。 でもそのちっぽけな人間が大きな力を発揮する時がある。 家族のためなら何事もこえられるという勇気でしょうか。 困難な時こそ、底力を発揮できる人になりたいです。
地震で被害を受けた方たちを思うと、怪我もなく無事だった家族とその方たちとの違いは紙一重です。 もちろんこの私たちもいつ同じ目に会うかわかりません。 災害は忘れたころにやってくるということわざ、しかと肝に銘じなければなりませんね。
ご心配いただきましたこと、心から感謝いたします。
お気にかけていただき、本当にありがとうございます。
父も母も 無事で怪我もなく しっかりその後も警戒しているようです。余震も続いておりますが、行方不明の方の救出を心から望んでおります。
山がくずれて 川も無くなってしまいました。流されてまだ見つからない方を思うと胸が締め付けられる思いがします。
何度大きな地震がきたのでしょう。 そのたびに悲しみにくれる人を見て過ごすのでしょうか。 自然の前では非力なことを痛感いたします。
この地震の前日、母と電話で話したばかりでした。
奥州市とはそれほど離れておらず、もしかしたら・・・という不安が募りましたが、電話に出た父も母も気丈に応えてくれて ホッとしました。 逆に私が励まされたくらいです。
備えあれば憂いなし、 地震の国で生活しているのですから、私ももう一度身の回りを整理しなければと思っております。 コメント、ありがとうございました。
毎日ニュースを見ておりますが、日に日にその被害の凄まじさを実感しております。 自分の住んでいた村が 土砂で埋もれた様子を呆然と眺める住民の気持ちを思うと、胸が苦しくなります。
幸い父の実家も(宮城です)、母の親戚も大きな被害を免れました。何よりも怪我もなく元気な声を電話で聞くことができたとき、恥ずかしながら涙が出てしまいました。 父に励まされたくらい、全くだらしない娘です。
ブログのお仲間からの励ましのお言葉、胸にしみます。
父も母も電話では気丈に応えてくれましたが、内心は気が気ではなかったと思います。今も余震が続いておりますので、なるべく出歩かないようにしているようです。
一家の大黒柱を亡くした方の呆然と立ちすくみ、「 お父さん・・・」と叫ぶ奥様の姿を見るたび、胸の奥から熱いものがこみ上げてくるのです。とても他人事ではないですね。
亡くなった方のご冥福を祈るしかできません。
岩手の生まれだということを ブログをご覧の皆様に憶えていただき、こうして励ましていただけること、本当に幸せだと思っております。
おっしゃる通り、日本中のどの地域で起きてもおかしくない地震。 いざという時にどう行動するか家族で話し合っておくべきですね。
地震があった地区は岩手県と宮城県との境目あたりです。 花巻も震度4だったようで、結構揺れが大きかったようです。 若いものは大丈夫でも、年寄りには大変なこともあります。父は足が不自由なので どこかで倒れていないか、母は脳梗塞をしたことがるので、具合が悪くなっていないか・・・もしかしたら?と不安だけが募りました。
まだ見つかっていない方のご家族を思うと、手放しで喜べません。 余震も消えて早く回復してほしいものです。
トレードさんのところでお見かけした方だったのですね。ハンドルネームが違っていたので気が付きませんでした。
そちらさまのブログも拝見いたしました。 言葉が俳句のリズムに乗っていて、 力強かったりしなやかだったりしていますね。
鎌倉ともつながりをお持ちなのですね。 お知り合いの議員さんは男性でしょうか…若い人って確か男性議員さんだったような・・・・!?
拙いブログですが、どうぞよろしくお願いします。 また伺いますね。
そうでしたか、電話つながりにくかったですものね。
離れていて情報が入ってこないと いろいろと想像してしまって、不安だけが募りますね。 でももう大丈夫、余震はありますが、怪我もなく元気でいてくれております。 ご心配いただき、ほんとうにありがとうございました。 お近いのですから、またお気軽にお出かけくださいね。
父も母も怪我もなく元気でした。 毎日小学生の孫に助けられているようです。
そうそう、日本は地震大国です。いつ起きても不思議ではないので、私たちもその日に備えておかなければと思いました。
コメント、ありがとうね。
みなさんに気にかけていただき、本当にありがたいと思っています。
幼いころから何度も大きな地震を経験していますから、多少のことは覚悟できておりますが、今回は震源地が近いこともあって冷や冷やしました。 電話一本でこれほどの安ど感を味わえるのですね。
余震も早く静まってほしいです。
昔よりも交通の便が良くなり 鎌倉と花巻は4時間で行けるのですが、今回ほど 自分が遠い所に嫁に来たのだということを痛感したことはありません。 何かあったらいつでも飛んでくるからね・・・と行っておりますが、地震の時って それもままならないのです。
みなさんのお心にとめていただき、両親も弟も、そして私もとても励みになります。 ありがとうございました。
ハイ、私は元気です。 そして里の家族も元気でいてくれてます。
地震の後も余震が続いておりますが、行方不明の方が一刻も早く発見されることを願うばかりです。
自然の前で 私たち人間は謙虚でいなくてはいけませんね。 いずれ我が身にも降りかかることかもしれませんから。
皆さんにこうしてお気にとめていただいて、私も里の家族の本当に励まされております。 被害を受けた方々の心身共に回復されるまでの時間は けして短くはないでしょう。住んでいた土地が全く別の形に変わってしまったのですから。
心身共に少しでも回復されますよう、 亡くなられた方のご冥福とともにお祈りしております。